中流奥様の還暦ブログ

還暦から4年も過ぎました。2歳上の夫は完全リタイア2年目。完璧な年金生活者になりました。家計のことお金の動きを中心に綴っています。

義母が亡くなりました。番外編

夫が義母の遺影を持って帰りました。

遺影は大きなサイズと小さいサイズと2つあります。

東京に帰る前に、義母の祭壇に挨拶しました。

その時に義妹が「小さい遺影を持って帰る?」と、聞いてきました。

夫はすぐに、「持って帰る」と返事をしました。

 

隣の仏壇には、義父の遺影が大小並んでいます。

「お父さんも持って帰れば」と勧める義妹。

17年前のものです。

そちらは、即座に断った夫です。

 

「母親が亡くなるのは親父の時とは違うなぁ」と、いう夫。

 

何歳になっても、母親を亡くすのは、堪えるようです。

 

通夜の前の打合せで、「どんなお母さまでしたか?」と司会を担当する女性から、インタビューを受けました。

葬儀の時にナレーションするための取材って感じです。

夫婦仲は?  ケンカも良くしていました。

お仕事は?  ずーとしていました。

どんな性格でしたか?  我慢強い性格でした。

趣味は?  若い頃は編み物、そして庭いじり。

 

ほかに、病院嫌いで80歳過ぎの眼科まで、医者にかかったことがない。

その後、初診で行った整形外科に、まずかかりつけ医に行きなさい、といわれたけれども、かかりつけ医がなかったこと。

 

上手な聞き手で、話し出すとあれもこれも思い出話が出てくる夫と義妹でした。

 

最後に、お母さまに伝えたいことは? と聞かれ、

涙をこらえて「感謝です。」というのがやっとの夫。

 

約1時間でしたが、とても良い時間でした。

 

このインタビューを、上手にまとめて、葬儀の最後に3分それはそれは上手にナレーションしてくれました。

皆、涙なみだでした。

 

私と義母。

同居の経験もなく、離れていたこともあり、いやな思いをしたことはありません。

結婚当初は、年に3回の帰省が当たり前でした。

年末年始、ゴールデンウィーク、お盆。約1週間づつ。

 

私は、当たり前だと思っていましたが、他のママ友からは、偉い!と褒められていました。

 

当時は、義父も現役で仕事をしていたので、飛行機代はもらっていました。

だから、帰れたのかな?

長女は初孫だったので、とてもかわいがってくれました。

 

シミッタレな私の実家とはちがって、値段を見ないでスーパーで買い物をする義母が、驚きで気持ち良かったのを覚えています。

帰省中は、お財布を開けることがなかったので、気楽でした。

 

当時は嫌な思いもあったでしょうが、今は忘れていて、良かった思い出ばかりになっていますね。