中流奥様の還暦ブログ

昨年春に祝還暦!2歳年上の夫は2年前に定年退職し、現在再雇用で働いています。今になってやっと2年前の大きな変化に適応できてきました。特に家計面、そして夫の生活変化への折り合い。今日が一番!をモットーにこれからの日々が過ごせますように!!

実母との付き合い方〜疲れますね

父は2015年の暮に亡くなりました。母はそれ以来、独り暮らしです。84歳になりますが、周囲の人から若いと言われるのが自慢で嬉しいようです。

水泳にも通っているし、麻雀もするし、月に1回はバス旅行に行ってます。あっ、医者にも通ってますよ。でも、まだまだ元気です。

いまだ、介護の心配もなく元気で暮らしていることに感謝しなければいけませんね。でも、なんか年々お相手をするのが大変になってきました。

年相応の物忘れがあると、母自身がイラつき年寄りになったと落ち込みます、大げさに。私からすれば、私や夫でもやっている物探しなんですけど、認知症でないかと、心配が始まります。

お医者さん大好きで、何か不調があるとすぐに行って検査しています。検査結果が100%万全でないと許せないようで、グレーゾーンの検査項目の詳細をパソコンで調べて、とうるさく言ってきます。医者は年齢のものだから気にするな、と言っても納得できなくて愚痴ってきます。医者を変えればというと、それはできないとか、矛盾したことを言います。

何より、私が働いていないのが不満のようです。「ママは暇でいいわね~、毎日何やっているの?」を口癖のように会うたび言われて、不愉快になります。もちろん、「はーい、お蔭さまでよく遊んでいます!」と笑って答えていますよ。

母は田舎の大きな農家の生まれで、女子高校まで出ました。高卒後お裁縫学校に通い20歳そこらで遠縁の東京の父と見合結婚しました。父の家は自営でした。私の幼いころは自分の家がお金持ちとも貧乏とも考えずに過ごしていました。女の私も兄と同じように私立の4年制大学まで通わせてくれたから、本当に可もなく不可もない経済状態だったんだと思います。ただ母は近所の人の仕立物の内職をずーとしていました。とても器用なので着物の振袖からコート、スーツまで仕立てていました。私はそれが日常の風景でしたから、高校時代に山口百恵ちゃんが着ていた赤いワンピースを真似して縫ってもらいました。私の入社式のスーツまで母に仕立ててもらいました。

振り返るとずーと働き詰めの母だから、サラリーマンの専業主婦の私が理解不能なんだと思います。まだ、パートに出ているときは良かったけど、仕事もせず家にいるのは、母にとっては許せないようです。

「私も60歳だよ、もう仕事も見つからないよ」と言っても、まだ若いのにと、取り合いません。娘を若いと思いたいのは、母自身が自分の年齢を認めたくない現われかも、と思っています。でも、都合のいい時だけ正しい年齢になりますけどね。

これからますます母との付き合いは難しくなっていくのでしょうか?

話題は知り合いの病気や、不幸話が多く、相槌打つのもしんどいです。何回も同じ話なんて当たり前だし〜。

「孝行したい時に親はなし」なんですよね。だから、今の状況に感謝しなくては、と自分に言い聞かせています、フゥ〜。